【資治通鑑(しじつがん)】 柳川俊之

『資治通鑑』は北宋の1084年に成立した編年体の歴史書である。編者は司馬光で、19年の歳月をかけて完成させたと言われている。周王朝統治の紀元前403年から、北宋が成立する直前、五代後周王朝統治の紀元959年まで、実に1363年間、16の王朝にわたる歴史がカバーされている。全部で294巻からなり、そのうち81巻と最も多い「唐紀」をはじめとする隋、唐、五代の記述が詳細になされており、資料的価値が高い。
時の皇帝より「往時を鑑み、治道に資す」ということで『資治通鑑』という書名を賜ったように、歴代王朝の盛衰や民族王朝の興亡をたどることで現在の治世の参考とする目的で編纂されたものであり、主に政治、軍事、民族関係が中心として記述されている。その背景には、唐滅亡後の戦乱の時期を経て北宋が天下を統一して約100年、40年に渡り国を治めて全盛期を築いた仁宗が1063年に崩御すると、今後の国政をめぐって派閥対立が起こって国内が混乱状態に陥っていたという状況があった。時の皇帝のみならず、以後の歴代王朝でも帝王学の教科書として重用され、現在では「史記」と並ぶ有力な歴史資料として重宝されている。

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